2016年お世話になりました。

今年も一年、あっという間でした。しかし、今年は忘れられない出来事がいくつもあり、その中で最も重要だったことからお伝えしようと思います。

non-derogable な権利。

チベットの支援活動の一環で、政府に提出する文書の英日訳を作成しました。そこで、この言葉に出会ったのです。見たことも聞いたこともないので辞書で調べると、そもそもderogableという単語は存在していないのでした。derogateは存在していたので、そこから類推するに「制限されない権利」というのが直訳です。しかし、原文は

non-derogable rights, such as freedom from torture.

となっていて、そもそも中国がチベット人の人権を侵害しているという主張の一部で使われています。そこを「拷問されない自由などの制限されない権利」としてしまうと、原文の強い口調が柔らかくなってしまいます。また、パッと読んで意味が通じることも期待できない訳となってしまいます。この訳以外に何かうまい訳語はないかと色々と探し回りましたが、Oxfordの辞書にも載っていない言葉が日本で普通に通用しているわけもなく、行き詰まってしまいました。そもそもこの言葉を最初に使い出したのは誰なのかと調べてみると、国連の資料に定義がありました。簡単に紹介しますと、「国家の存続のような公的な危機であっても、制限されることは決して許されない人権」であり「生きる権利」や「拷問の禁止」や「同意のない医療的あるいは科学的実験」や「思考および良心および信仰の自由」などが例として挙げられています。

これを翻訳していたのは春頃で、トランプ氏がいよいよ共和党の候補者となるのが濃厚になってきた頃でした。人間として絶対に侵害されないこれらの権利について彼が根本的に無知であることに、私は深く失望しました。国連の資料にあるように、例え国家の存亡の危機においても、誰かを拷問したり殺したりすることは許されないのです。しかし米国は裁判も行わず容疑者を次々と射殺しています。アルカイーダのウサーマ・ビン・ラーディンも、オバマ大統領によって裁判にかけられることなく殺されました。911のような歴史を変える重大事件の主犯格を裁判にかけて事件の背景を明らかにすることは極めて重要なことではないのでしょうか。ノーベル平和賞受賞者が率いてもこの有様ですから、トランプ氏が率いる米国はなにをやらかすのか、言いようのない不安を覚えました。

さてこの訳語ですが、友人を頼って専門家の意見も聞くことができたのですが「まだ日本の訳語が確立しておらず、ノン・デロゲーブルとカタカナを使っている」とのことでした。仕方ないので必死に考えた結果「絶対不可侵な権利」としました。この文書の冒頭に使われたこの言葉を含む一段落を紹介します。

中国は、拷問を受けない権利などの絶対不可侵な権利はもとより経済的、文化的、社会的な権利にも及ぶ厳しいUPRの勧告に従うと約束した。しかしながらUPRの2回目以来、中国は基本的人権と理由のない拘留や偽の裁判、投獄、そして拷問に直面している人権活動家への攻撃を強める一方である。

この言葉に触れたことにより、私の人権に対する考え方は一歩前進したと思います。これまでは、人権とは何か、この考えはどのように発生したのか、などの基本的なことを学ぶばかりで人権があることによりどのような良いことがあるのか、などは説明できないでいました。しかし今ははっきりと主張できます。人権が保障される社会では、その社会はより進化するのです。どのような力が存在しようとも自分の意見を自由に持つことができ、発言することができる、それこそが議論を通してお互いを高めあうことのできる社会ではないでしょうか。

レンズ沼は意外と浅かった。

昨年EOS 8000Dを導入し今年はいわゆる大三元のうち望遠と標準を揃えました。個人的な趣味で魚眼レンズも買いました。さすがにこれらのレンズの描写はすばらしく、パッと撮っただけでもこんな写真が撮れます。

良いレンズは絵が素晴らしい、と思っていたのですがキットレンズもなかなかだということがわかりました。次の写真は、18-135mmという高倍率ズームレンズで撮影したものです。

全体的な質感は大三元には及びませんが、帽子やおでこが太陽光に照らされている感じ、中国大使館のポストの冷たさがよく出ていると思います。この一枚は、私にとって極めて重要な写真です。「中国の圧政には絶対に屈しない」というメッセージを中国政府に直接届けている瞬間なのですから。写真に一番重要なのは、真剣さだということが分かりました。レンズ沼などにはまっている場合ではありません。一枚一枚を真剣に撮れば、入門機とキットレンズでも十分に満足出来る写真にすることができます。

大切な場所を失うということ。

今年は残念なこともありました。大切な大切な喫茶店が閉店してしまったのです。このことについてピーター・バラカンさんのラジオに投稿し、採用されました。そして、私がJoni Mitchellの”if”リクエストしたということが喫茶店のオーナーに伝わり、間接的ながら私の気持ちを伝えることができました。直接、目を見てお別れを言いたかったのですが、ラジオの魔法のおかげでオーナーに私の気持ちがより強く伝わったような気がしています。ピーター・バラカンさんのラジオがなくならないようにしなくては。

Mac買い替え。

2009年より7年間使ったMacBook(Late 2008, Aluminum)を知人に譲り、iMac 21 inch(Retina 4K, Late 2015)に買い替えました。PowerBook Duo210以降、すべてのMacにノート型を選んできたのですが、iPhoneとクラウドでほぼすべてのことができる時代になり、Macを持ち歩くことも無くなったため性能と価格で有利なデスクトップ型にしました。ちょっと前だったら、頑固にノート型を選んでいたかと思いますが、歳をとって無意味な主義を通すことの無意味さに気づくことができるほどには成長したようです。

組織という化け物。

秋にやっていた仕事で、IT担当に正社員がまったく起用されていないクライアントがいました。正社員がいないので、システム担当者は自分に指示された仕事しかしません。その結果、システム全体を見渡した優先順位付けを行うことができていませんでした。本来であれば既存のシステムの安定稼働を先行させるべきなのに次期システム更改をすすめており、案の定既存のシステムにおいて大事故が発生してしまいました。それとともに私が受注していた仕事はキャンセルとなってしまいました。私の仕事はともかく、既存のシステムに事故が起きる危険性があるとRFPにも書いてありながらそれを優先して対処しないという結論に至った組織というのは恐ろしいものだと思いました。

原爆の図。

丸木美術館に行ってきました。

韓国からのお客様が多数来ていて、写真を撮りまくっていました。ぜひ、SNSでシェアしまくって頂きたいものです、原爆の悲惨さを。

趣味。

バイクは、FTR223が購入してから3年経ち、自賠責を更新しました。リアタイヤがそろそろ寿命なので、TT100GPにするかK180のままにするか悩んでいます。K1200RSは前後タイヤを交換しました。東京から長野の山奥まで1日で500kmを往復したりして、疲れながらも楽しい思い出になりました。

バレエは、伴奏の酷さに辟易した一年だったと思います。バレエ101という演目が、バレエの基本的な型と欧米での入門編を示す101とをかけているあたりが素敵でした。シムキンも最高でした。

ものすごく美味しいレストランがもう一つ見つかり、お金と胃袋がマジで足りません。

それではみなさま、2017年も健康で平和な一年とならんことを。

トルクレンチを使う意味とボルトの素材

すごく勉強になる動画です。

大雑把にまとめると

  • 鉄製のボルトは、自らの首の下が伸びることによりナットとボルトの頭の間に引っ張る力を生み出し、緩むことがない。
  • ホームセンターで売っているステンレスのボルトは鉄ほど伸びないから車用に使ってはダメ。
  • トルクレンチは、ボルトの首の下を伸ばす力を制御するために使う。また一度で一気に規定トルクまで締めてもあとから緩むことがあるので、2回締めるのが安全。
  • どうしてもオーバートルクになってしまうのが気になる場合、少し低めのトルクで締めた後に、規定トルクを設定して締めるとよい。

というところでしょうか。私もホームセンターのボルトを使ってしまっている部分があるので、早速純正のボルトを発注しなきゃ。なんか純正のボルトは良い感じだけどホームセンターのはダメだなぁと感じていた理由がはっきりわかって、とても良い勉強になりました。